多くの子供達を対応していると、いつも感じることがあります。

みんなそれぞれに素敵な個性がある。

このように言えば聞こえがいいですが、裏を返すと

能力は不平等に与えられている

と捉えることもできます。

それは、学力に関しても同じことが言えます。

学力が遺伝によって決まるかどうかは、私にはわかりません。そこは専門家の研究に委ねます。

ただ、今まで1000人ほどの教え子と出会い、同時に色々な保護者の方と出会ってきましたが、親の職業・性格を問わず学力の優秀な子はいます。

よって、私は遺伝的な要素はそれほど気にしたことがありません。

一方、生育歴によっては学力を構成する各能力(思考力・洞察力・注意力・忍耐力…)の成長スピードは変わってきます。

これは当然のことですよね。

我が家では、上の息子と下の娘という2人兄妹という構成です。兄の立場では、妹よりも先に成長している分、お手伝い等では妹よりも先にレベルの高いことを任されます。妹からも頼りにされることもあります。自主性、思考力などが育つ立ち位置にいます。

逆に妹は、常に兄を見ながら数年後の自分のすがたを思い浮かべることができます。もし兄が悪いことをして親に叱られていたら、自分は同じ轍を踏まないように要領よく振舞うことができます。また、甘え上手でもあります。人懐っこくなりやすいので、傾聴力やコミュニケーション力等が育つ立ち位置にいます。

このように、兄弟姉妹間でも誰一人として同じ境遇の人はいないのです。

これが、一人っ子・3人以上の兄弟姉妹・双子のように、兄弟構成はそれぞれですし、親の構成も父母、シングルマザー、シングルファザーによっても大きく変わっています。

したがって、それぞれの家族構成の中での位置付けによって成長する学力的要素は大きく異なってくるのです。

これは、小学校時点・中学校時点での学力差にも少なからず影響すると思うのです。

そこで、私が言いたいことは

人は皆それぞれに天与の才を持っている。それを引き出すも押し留めるも本人の心構え次第である。

ということです。

自分の力のなさを嘆いて素質のありそうな他人を羨んでも、そこからは何も生まれないのです。

自分の中で目指したい目標ができた。それと同時に目標達成のために足りない能力を育てなければならない。その能力が育っていないことを素直に認めて、その能力を強化してあげることでしか、目標を達成することはできないのではないでしょうか。

結局、

「他人と過去は変えられない。自分と未来は変えられる。」

というところに行き着くのです。

人と比べること自体は悪いことだとは思いません。自分の立ち位置を客観的に把握することができるからです。

しかし、人と比べて自分を嘆いたり自惚れてしまうのは勿体ないです。同様に、我が子を他人(兄弟姉妹)と比較してしまうことも愚かですし、それをされてしまったら子どもが面白くありません。

自分自身に与えられた力に目を向け続けましょう。